妊活中に鍼灸へ約半年通った体験談|お灸の熱さ・鍼の痛みと当時の気持ち
妊娠を望んでいた私が、鍼灸へ約半年通った体験をまとめています。当時の書類は残っておらず、診断名や通院の経過は私の記憶に基づきます。個人の体験と医学的な情報を分けており、鍼灸による妊娠や病気の改善を保証するものではありません。検査や治療の判断は、婦人科でご相談ください。掲載している人物画像は、イメージです。
通院中は避妊しており、約半年で施術をいったん終了したあと、自分で排卵の時期を予測して妊娠を試みました。その後、妊娠が分かりました。半年間ずっと妊娠を試みていたわけではありません。
陽性反応を見たときは、心から「続けてきてよかった」と思いました。ただし、この経過だけで、鍼灸の効果で妊娠した、病気が治ったとは判断できません。この記事では、その間に経験したことと、当時の気持ちを残します。
通院中は避妊していた
その後、妊娠を試みた
夫と二人で喜んだ
「鍼灸って、痛いのかな。お灸は熱いのかな」
「実際に妊活中に通っていた人は、どんな気持ちで続けていたんだろう」
これから通うか迷っているとき、施術の説明だけでなく、経験した人の話を知りたくなることもあると思います。
私の場合、鍼灸は、ゆったりと気持ちよく過ごす時間というより、「今日も頑張ろう」と覚悟して通う時間でした。
そのころの私は、妊娠を望んでいるのになかなか授からず、病院で告げられた診断にも落ち込んでいました。
ここからは、鍼灸へ通うまでの経緯と、約半年間の施術や生活、そして妊娠検査薬を使った日のことを書いていきます。
子どもを望んでから、思うように授からなかったころ
結婚後の2年間は貯金を優先していました
結婚してから約2年間は、お金を貯めるために、妊娠しないように気をつけていました。
そして、「そろそろ子どもが欲しいね」と思うようになりました。
当時の私は26歳ごろ。まだ若いし、妊娠を望めば、そのうち授かるだろうと思っていました。
生理は比較的定期的だったので、自分でおおよその排卵日を予測していました。医師からタイミングの指導を受けていたわけではなく、自分の判断です。
けれど、思っていたようにはいきませんでした。
「今月も、また生理が来ちゃった」
毎月そう思って落ち込み、街で赤ちゃんのポスターを見ることさえ、つらく感じるようになりました。
自分にはまだ関係のない言葉だと思っていた「妊活」が、急に切実なものになっていました。
ポリープの手術を受け、期待していました
なかなか授からないことを不思議に思い、婦人科でブライダルチェックを受けました。
そこで見つかったのが、子宮内膜ポリープです。私は、1回目の日帰り手術を受けることになりました。
医師からは、ポリープを取ることで子宮内の障害物がなくなり、妊娠しやすくなるという趣旨の説明を受けたと記憶しています。
「これで妊娠できるかもしれない」
そう期待していました。
ただ、手術を受けたあとも、なかなか授かりませんでした。
手術中に感じた痛みや、事前に確認しておきたかったことは、別の記事にまとめています。
別の婦人科で診断を受け、泣きながら駅へ向かいました
その後、改めて別の婦人科を受診しました。
そこで医師から「多嚢胞性卵巣症候群」と説明されたと記憶しています。書類は残っていないため、当時の検査結果や診断の詳細は、今は確認できません。
診察では子宮の中の画像も見せてもらいました。
小さなものがたくさん並んでいるように見えたことと、説明を聞きながら、急に現実を突きつけられたように感じたことを覚えています。検査の種類や、画像に写っていたものの詳しい状態までは分かりません。
「これ、マジじゃん。どうしよう」
ポリープを取ったら妊娠できるかもしれない。そう期待していた分、また別の診断を告げられたことが、あまりに悲しかったのです。
その日は仕事帰りの受診でした。
婦人科を出て、ビルの扉を開けて外へ出たとき、突然、涙があふれてきました。
泣きながら駅へ向かったことを、今でもよく覚えています。

多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は、排卵の障害などに関わる病気です。私自身の診断の詳細は、当時の書類が残っていないため確認できません。病気や治療については、記事末の専門学会の情報をご参照ください。
母に相談し、鍼灸へ通うことを選びました
診断を受けたことを、まず母に相談しました。
母は、薬を飲むことによる体への負担や、仕事を続けながら妊活することを心配していました。
「少し時間はかかるかもしれないけれど、まずは東洋医学で体質改善を考えてみたらどうかな」
そんな趣旨のアドバイスをもらいました。
当時の私にも、薬を飲みながら仕事を続けることへの不安がありました。母の言葉をきっかけに、鍼灸へ通うことを選びました。
私は、妊活のための薬を実際に飲んで、副作用でつらくなったわけではありません。薬は服用しておらず、「きっとつらいはず」と想像していました。
私は鍼灸に通っている間、婦人科を受診していませんでした。ただし、これは当時の私の経過であり、受診を休んだり、薬を避けたりすることを勧めるものではありません。
薬への不安がある場合も、必要な検査や治療、その負担について婦人科で相談してください。鍼灸を利用する場合は、そのことも医師に伝えてください。
約半年の鍼灸通院。お灸の熱さも、鍼の痛みもつらかったです
最初は週1回。その後は少しずつ間隔が空きました
鍼灸は、最初は週1回のペースで通っていました。
その後、2週間に1回、3週間に1回というように、徐々に間隔が空いていったと記憶しています。
通う頻度は、すべて施術者の提案でした。どのような基準で判断されていたのか、詳しいことは分かりません。
費用や1回の施術時間については、今、正確に書ける記録がないため、ここでは数字を載せていません。
お灸が熱いときは、片手を上げて合図していました
私が受けたお灸は、とにかく熱く感じました。
足の裏や腰、肩、頭などに施術を受けたと記憶していますが、特に頭のお灸は、身構えてしまうほどでした。
「今日も、あの熱さかぁ」
そう思いながら通っていました。
熱いときは片手を上げてね、と言われていたので、自分のタイミングでちょこちょこ手を上げながら受けていました。
ただ、気持ちのうえでは、「体質を変えるには必要なことなんだ」と思っていました。
鍼の響くような痛みも、怖く感じました
鍼も、私にはつらく感じることがありました。
ツーンと響くような、キーンとした痛みです。
当時は「神経に刺さったようだ」と感じていましたが、実際に何が起きていたかは分かりません。ここで書けるのは、私が感じた痛みの感覚です。
お灸の熱さも、鍼の痛みも、施術者からは「それだけ体が冷えているから」という趣旨の説明を受けていました。
私はその説明を信じ、「妊娠のために必要なんだ」と自分に言い聞かせていました。
「冷えているから熱い・痛い」というのは、当時受けた説明です。この記事では、医学的に確認された理由としては扱いません。熱さや痛みの強さを、施術が効いている証拠として受け止めないでください。つらいときは施術者へ伝え、無理に我慢しないことが大切です。
「薬を飲む妊活は、もっとつらいかもしれない」と思っていました
鍼灸がつらくても、通い続けていたのは、妊娠したい気持ちがあったからです。
そして、薬を飲みながらの妊活も同じくらいか、それ以上につらいのではないかと考えていました。
実際に両方を経験して比べたわけではありません。
それでも当時の私は、そう思うことで、通い続ける気持ちを保っていました。
「つらいけれど、今は頑張ろう」
その思いで過ごした約半年でした。
仕事を続けながら、服装や食事も変えていました
制服のスカートに、重ね着とひざ掛け
鍼灸へ通い始めたのは冬でした。
当時は事務の仕事をしていて、制服はスカート。体を冷やさないようにと言われ、重ね着や厚手のタイツ、ひざ掛けなどを使っていました。
大きなひざ掛けで下半身を覆い、立ち上がるときにも腰に巻いて歩いていたことを覚えています。
職場での服装も、自分なりにできることをしようと変えていました。ここでは、私が当時取り入れた防寒の工夫として紹介しています。
食事についても指導を受け、毎日の食べ方を変えていました
食べるものについても指導があり、鉄分や亜鉛、葉酸を積極的に取るように言われました。
特に覚えているのが、レバーの焼き鳥です。
焼き鳥屋さんでレバーの串をまとめて買い、身を一つずつ串から外す。いくつかずつ小分けにして冷凍し、毎日少しずつ食べるように、と教わりました。
私は、そのとおりにしていました。
今振り返ると、施術に通う日だけでなく、普段の食事や職場での過ごし方も、妊娠を願う気持ちとつながっていたのだと思います。
これは当時受けた指導の記録であり、レバーを毎日食べる方法をお勧めするものではありません。レバーにはビタミンAが多く含まれ、妊娠中はその過剰摂取に注意が必要です。妊娠を希望している時期も、食事やサプリメントの取り方は医師・管理栄養士などへ相談してください。
私自身の当時の摂取量は分からず、栄養が十分だったか、取りすぎていたかも判断できません。
約半年で鍼灸をいったん終え、その後に妊娠を試みました
この記事で、誤解のないように伝えたいのが、この順番です。
私は鍼灸に通っていた約半年間、性交はあっても、妊娠しないように気をつけていました。
施術者から、「健康な卵子ができる体になるまでは、妊娠しないように」という趣旨の説明を受けていたからです。
そして約半年たったころ、施術の進み具合を見た施術者から、「そろそろ妊娠できる体に近づいたかもね」と言われ、鍼灸はいったん終了しました。
その後、自分で排卵の時期を見計らい、妊娠を試みました。
ただし、この間、私は婦人科へ通っていません。卵子の状態や排卵、病気の改善について、医師に検査で確認してもらったわけではありません。
施術者の言葉は、当時の説明として記したものです。健康な卵子ができた、妊娠に適した状態になったと医学的に確認されたことを意味しません。鍼灸のために半年間避妊したり、婦人科への相談を待ったりする必要がある、という案内でもありません。
妊娠検査薬の陽性反応を見て、トイレで一人で大喜びしました
妊娠を試みたあと、生理予定日を指折り数えて待っていました。
予定日を過ぎても、生理が来ません。
「今度こそ、大丈夫かもしれない」
生理予定日から1週間ほど過ぎたころ、仕事が終わるとドラッグストアへ直行しました。
妊娠検査薬を買うだけなのに、ドキドキしていました。
検査したのは、家に帰ってからです。
鼓動を感じながら、結果を待ちました。
そして、陽性の線が出ました。
うれしくて、トイレで一人で飛び上がって喜びました。

夫が帰ってくるのを、ドキドキしながら待ちました。
帰宅した夫も陽性反応を見て驚き、妊娠をとても喜んでくれました。
「鍼灸は本当につらかったけど、続けてきてよかった〜」
そのときは、心からそう思いました。
泣きながら駅へ向かった日のことも、熱さや痛みに身構えながら通ったこともあったから、なおさらうれしかったのだと思います。
これは、当時の私が感じた、率直な喜びです。
今、体験を振り返って伝えておきたいこと
妊娠した経過だけでは、鍼灸の効果は判断できません
私は鍼灸へ通い、施術を終えたあとに妊娠しました。
けれど、その順番だけで「鍼灸のおかげで妊娠した」「多嚢胞性卵巣症候群を克服した」と結論づけることはできません。
通院中に卵巣の状態やホルモンの変化を婦人科で確認していたわけでもなく、私自身には、何が妊娠につながったのか分かりません。
米国の公的機関NCCIHは、体外受精における鍼治療と比較用の偽鍼を調べた研究レビューについて、妊娠率や生児出生率に差が見られなかったと紹介しています。
ただし、これは体外受精についての研究です。私のような経過を直接説明したり、あらゆる鍼灸の効果を一括して判断したりするものではありません。
私の記事で伝えられるのは、「私が何を経験したか」までです。
薬への不安も、施術のつらさも、相談してよいと思います
当時の私は、薬を飲むことを経験する前から、つらいものだと想像していました。
そして、鍼灸の熱さや痛みも、妊娠するためには必要なのだと受け止めていました。
けれど、どちらについても、一人で「耐えるしかない」と決めなくてよかったのだと思います。
薬が不安なら、その不安を婦人科で伝える。施術がつらいなら、その場で伝える。
鍼灸を利用するとしても、婦人科で必要な検査や治療を相談することと、切り離さずに考えてほしいです。
まとめ|妊娠を望んで、悩みながら通った約半年
鍼灸へ通うまでのことと、通っていた約半年を振り返ると、いろいろな場面を思い出します。
ポリープ手術のあとも授からず、別の婦人科で診断を受け、泣きながら帰ったこと。
母に相談し、鍼灸へ通うことを選んだこと。
熱いお灸に手を上げ、鍼の痛みに身構えながらも、仕事を続け、服装や食事を変えていたこと。
その一つひとつに、子どもを望む気持ちがありました。
施術をいったん終了したあとに妊娠を試み、検査薬の陽性反応を見て喜んだ日のことは、今も大切な記憶です。
ただ、私と同じことをすれば同じ結果になる、という話ではありません。施術のつらさや、頑張った量で、妊娠の結果が決まるとも考えていません。
この体験が、妊活中の気持ちや、相談したいことを整理する小さなきっかけになればと思います。
妊娠後の入院体験について
妊娠初期には、下腹部の痛みで受診したその日に入院し、約3週間を病院で過ごしました。突然の入院で感じた不安や、夫と母の支え、退院後に通院先を変えた経緯を、別の記事にまとめています。
私は子宮内膜ポリープの手術を2回経験しました。妊娠前の日帰り手術と、その後に受けた入院手術の経過は、総合記事から読めます。
参考にした公的機関・専門学会の情報
以下は、私の体験とは分けて、病気や安全性、研究の情報を確認するために参照した資料です。私個人の診断や、妊娠の理由を証明するものではありません。
- 日本内分泌学会「多嚢胞性卵巣症候群」 — 病気の概要を確認しました。
- 米国NCCIH「Acupuncture: Effectiveness and Safety」 — 鍼治療に関する研究、安全性、医療機関への相談について確認しました。妊娠に関する本文の研究紹介は、体外受精を対象としたものです。
- 厚生労働省eJIM「ビタミンAとカロテノイド」 — ビタミンAを含む食品と、妊娠中の過剰摂取に関する注意を確認しました。
情報確認日:2026年9月30日
